私とホリスティックデンティストリ―

私が「最善の治療」を求めるまで

1980年 歯科医師としての出発

私は1980年に日本大学松戸歯学部を卒業し、そのまま、総義歯の権威でおられた加藤吉昭教授の講座で、無給研究生として4年間を過ごしました。

その後、北海道旭川市から北へ約50キロ、人口5,000人あまりの剣淵町立歯科診療所で、僻地医療に従事しました。

「僻地医療に従事した」と書くと立派に聞こえるかもしれません。しかし本音を言えば、3年くらいなら大自然の中でのびのびと生活してもよいだろう、開業資金も貯めたい、という気持ちがありました。

また、大学で身につけた知識や技術を、医療過疎地域の人々に与えたいという、今思えば傲慢な気持ちもありました。

1984年 北海道・剣淵町での生活

1984年6月に大学を退職し、歯科医師である妻、生後7か月の長女、そして義母とともに剣淵町へ赴任しました。

町民以外のスタッフを面接で採用した際には、周囲から苦情を受けました。文化や習慣が異なり、ここでは都会の常識が通用しないということを、初めて思い知らされました。

また、真冬には氷点下32度という途方もない寒さに見舞われ、2メートルを超える雪にも苦労しました。

しかし、長い冬が終わると、周囲の山や森には若葉が芽吹き、カッコウが鳴き、キタキツネが野山を駆け、アカゲラが木の幹を叩き始めます。 私は生まれて初めて、四季の移り変わりと、大自然の美しさ、そして荘厳さを体験することができました。

そうして暮らすうちに、剣淵で過ごす期間は、当初予定していた3年から4年へと延び、子どもも2人に増えました。

このままでは千葉へ帰れなくなってしまうという危機感とホームシックも重なり、とうとう千葉へ戻ることを決心しました。

1988年 船橋市での開業

1988年6月、船橋市で歯科医院を開業しました。

「やっと千葉へ帰ってきた。これからは自由に、自分のやりたい診療ができる」

そう希望に燃えていました。しかし、質の高い治療を行うには、私の知識や技術はまだ十分ではありませんでした。

当時は毎月のように、エンド、ペリオ、補綴、矯正など、ありとあらゆる講習会へ通いました。

ところが、講習会から帰った翌日には、周囲の意見を聞かず、学んだ方法をすぐに医院へ導入してしまいました。その結果、スタッフや患者さんが去っていくという、失敗の連続でした。

「自分はこんなにも患者さんのことを思っているのに、なぜ分かってもらえないのだろう」

私は次第に、毎日の診療に嫌気が差すようになっていました。

知っていることと、実践できること

そうこうしているうちに、私はあることに気がつきました。

講習会の内容は、確かに素晴らしい。しかし、どうしても自分の医院では、同じように実践することができない。

それは、講師がその分野の専門医であり、私は専門医ではないからではないのか。

知っていることと、実際にできることには、
雲泥の差がある。

そして、自分には知識や技術以外の何かが欠けているのではないかと、考えるようになりました。

一冊の本との出会い

そのとき、一冊の本が目に留まりました。

Peter Glazebrook 著・川村泰雄 訳

『充実した歯科医療にたずさわろう』

何気なくページを開いてみると、そこには、当時の私が抱えていた悩みが、そのまま表されているように感じられました。

本の中には、ホリスティックデンティストリーの祖と呼ばれるパンキー先生が考案した、「報酬のクロス」という考え方が紹介されていました。

「報酬のクロス」が示す4つのこと

  1. 自分自身を知る
  2. 自分の患者さんを知る
  3. 自分の仕事を知る
  4. 自分の知識を適用する

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歯科医師が真に成功するためには、まず、自分の仕事が素晴らしく価値のあるものだと感じられる、精神的な報酬が必要です。

そして、報酬を取り巻く4つの枝について、それぞれ充実感を得ることが重要であると説かれていました。

私たちが、この4つのことを理解し、実行に移すことができれば、精神的な報酬だけでなく、経済的な報酬も得ることができる。

読み進めるうちに、私の胸につかえていたものが、少しずつ消えていきました。

そして私は、ホリスティックデンティストリーについて、もっと深く知りたいと思うようになりました。

ホリスティックデンティストリーの実践へ

その後、川村先生が開催するすべてのコースに出席し、学んだことを少しずつ診療の中で実践していきました。

加えて、1997年からは、ほぼ2年に一度、アメリカ・フロリダ州にあるパンキー研究所を訪れ、理論と実技を学んでいます。

まだ、道の途中

まだまだ道半ばであり、前途多難ではあります。

それでも現在は、素敵な患者さん、優秀なスタッフ、愛すべき家族、尊敬する先輩や友人に囲まれ、充実した毎日を送っています。

では、ホリスティックデンティストリーにおける最善の治療に携わるために、なぜ保険診療をやめる必要があったのでしょうか?

参考文献

Peter Glazebrook 著・川村泰雄 訳 『充実した歯科医療にたずさわろう』 クインテッセンス出版

川村泰雄 「包括歯科医療とメンテナンスの成果」 『日本歯科医師会雑誌』2007年7月号

LD.Pankey Wj.Davis 著 パンキーフィロソフィ